いる気遣い、いらない気遣い

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「気」の使い方によって

場所や人への感じ方が変わる!

 

ということを昨日書いたのですが

それにまつわる話を少し補足^^

 

 

「人といて疲れる、みたいな感覚を

 あまり感じたことがない」

 

って笑いながら言っていた

コミュニケーション能力の化身

みたいな友達がいるのですが笑

 

 

”気”の使い方、という視点から

その子の人との関わり方や在り方を見てると

確かにそれだと疲れないだろうなぁと。

 

いつも誰といても等身大の彼女は

相手にどう思われるとか好かれたいとか

そこに「気」を使っていなくて、

必要以上の気遣いがないのです。

 

 

気を遣ってもらえるのって嬉しいし

ほっこりした幸せな気持ちにもなるけど

 

あまりにも気を遣われ過ぎた時って

それを受け取れきれずに

申し訳ない気持ちになったり

 

自分も何かお返ししなきゃ!

みたいになることってありませんか??

 

 

過剰な気遣いは

相手に”重さ”を感じさせて

しまうものだと思うのです。

 

 

 

私が思う過剰な気遣いって

 

「気遣い」と見せかけて

実は自分のことを守るための言動

 

のことだと思っていて、

まさに冒頭の記事に書いていた

私の気疲れエピソードがまさにそう。

 

もう、ほんとにそのまんま照れ

 

 

 

自分の好感度を上げるためとか

嫌われないようにするためとか

今後の損得を考えてとか、、

 

純粋な気持ちから

自然と湧いて出てきたものではなく

人工的に組み込まれたものだったら、

それは「不必要な気遣い」だということ。

 

 

 

最初は勇気がいるけど、、

 

そういった不必要なものを

少しずつ減らしていくことが、

自分にとっての心地いい人間関係を

築いていく第一歩だと思っていますクローバー

 

 

 

***

 

 

 

今年もカフェ巡り充な一年に、、!!コーヒーピンクマカロン

 

 

ではまた〜^^

 

原田しおり

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